買取の中で学ぶ、農機具ってどんな役割でどんな歴史があるの??

こんにちは!

みっけは農機具の買取に力を入れているのですが、一口に農機具といっても
それぞれには役割があります。毎日食べるお米が食卓に並ぶまで、おそらく必ずかかわるであろう農機具の進化について、ざっとまとめました。
みっけは、農機具の買取をどこよりも強化しています。

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農機具といえば、トラクター、耕運機、田植え機、コンバインと様々あり、今では日本の農業の中核を担う役割を果たしています。しかしながら、戦後しばらくの間まで、日本では農業は人力や牛を利用して行われており、農業の本格的な機械化は昭和30年代を過ぎた辺りです。この辺りから、日本の農業が目覚ましく発展し、効率と生産が向上して今に至るのですが、本稿では、日本の農業を支えている農機具の役割をそれぞれ解説していきたいと思います。

クボタトラクター GL321

【トラクター】

農業において土壌の耕起という極めて重要な役目を担うトラクターが導入されたのは、今から100年以上も前の1909年のことでした。岩手県小岩井農場に蒸気式のトラクターが導入され、生産効率の向上につながる貢献を果たします。その2年後の1911年には、北海道の農場に内燃機関式のタイプが導入されるなど、明治中頃から既に運用が開始されています。トラクターは農業機械の中でも特に汎用的な役割を果たし、耕地を耕すだけでなく、運搬にも利用できたりと様々な事をやってのけ、農業の中核を担っています。

イセキ耕運機 KA80-PA60

【耕運機】

耕運機は耕テン機などとも呼ばれ、日本の農業の機械化に道を切り開いた農業機械です。これまで人力で行っていた耕テン作業を機械で出来るようにした農業機具であり、本体の牽引部を使って、二輪駆動で農地内を移動可能であり、車体の後部には補助輪と呼ばれる車輪が装着してあります。変速機能も備わっている事から、荷物や穀物を運搬するためのトレーラー代わりとしても利用され、戦前から普及がはじまりました。戦後すぐまでは、普及台数が8万台しか無かったものの、60年代後半に差し掛かると、双用和犂をアタッチメントとして取り付けた耕耘作業機として、また簡易トレーラーを取り付けて運搬トレーラーとしても利用できる新型耕運機が登場すると、急速に普及台数を伸ばしました。50年代までは8万台だったのが、70年代までには290万台以上と30倍以上にまで増加して、耕運機は日本農業の機械化の先端を切り開く役目を果たしました。

ヤンマー 田植え機 Pe-40R 4条

【田植え機】

水田における田植え作業は、農民達が膝を曲げて腰を低くし、数本ずつ苗を植えていくという極めて過酷で体力を消耗するものでした。しかし、田植え機が1960年に登場によって、農民達の過労が大きく軽減されることになります。積載している水稲の苗を決まった条間と株間で植え付けていく事を可能にした田植え機ですが、70年代に入ると、これまでクランク式であったものが、ロータリー式に更新されたおかげで、作業の能率がさらに上がりました。田植え機は水田における農業で、農民達を過酷な環境から解放しただけでなく、作業能率を飛躍的に向上させるという貢献を果たしました。

R69 クボタ コンバイン R1-211AGHDW

【コンバイン】
これまでの稲作における稲刈りは、鎌などを用いての人力による単調作業であり、刈り取った稲を脱穀機等を用いて脱穀するというものでした。しかし、コンバインが登場したことによって、たった1台でこれらの一連の農作業を担えるようになり、稲作における作業能率が急速に向上しました。稲や麦を自動的に刈取りつつ、穂に付着している穀粒を取り出す脱穀を行うと同時に、選別再処理を行って、不要になったワラを機械の後方に落としていくという機能を持っています。コンバインには普通型と自脱型の二つがあり、普通型は自動で刈り取った穀桿のすべてを選別再処理せずに機械の内部で脱穀しますが、自脱型は刈り取った穀桿の稲先の部分だけを選別再処理を行い脱穀するというものです。自脱型のコンバインは60年代後半に普及し、日本の稲作農家の負担軽減と作業能率の大幅な向上に貢献する役割を果たしました。

 

 

 

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